日本生物教育学会では優れた教育実践を表彰し,今後の一層の発展を期待するとの主旨で「下泉教育実践奨励賞」を設けている.第98回日本生物教育学会全国大会での研究実践発表(今回は口頭発表に限定した)から次の6名を2014年度下泉教育実践奨励賞の受賞者とした.(50音順)
○井口 藍会員
演題:生物部における研究指導
○小松原幸弘会員
演題:高校生による高校生のための分子生物学特講 ~手動PCRによるGMOの検出~
○廣瀬志保会員
演題:高校生物における学習の指導と評価を一体的に行う授業改善に関する研究
○藤 修会員
演題:めざせ環境ジャーナリスト「エ!? その魚 メダカじゃないんですか?」
○布施達治会員
演題:ニホンミツバチの教材化と授業の効果に関する実践研究
○本橋晃会員
演題:高等学校「生物基礎」におけるATPの作用を示す実験
【受賞者の研究概要と審査委員会の講評】
今回の奨励賞受賞者の研究はいずれも奨励賞の名にふさわしく教育実践を踏まえたものであった.以下に研究内容や審査委員会での意見の概要を記した.
井口会員:生物部の指導の8年間の経験から,発表者が考える生物部の課題と研究指導の方法について,どの様なことを大切に指導していくのかを整理した発表である.部活動の実践成果から,生徒への指導手段を6つの過程として整理し,どうすれば研究が進展するのかを生徒に分かりやすく示している点が評価できる.それによって生徒達の思考を巧みに引き出すとともに,引き出す方法についても考察の対象としている.研究の成果についての評価がなされているが客観的検証が不十分である点も指摘された.
小松原会員:意欲的な高校生の科学リテラシーを高めるため,遺伝子組み換え作物のDNA検出を行うことにより,生物学の基礎,遺伝子組み換えの技法,GMOに関するリテラシーの育成を意図した高等学校連携による授業実践である.現在問題となっていると思われるGMOと,それを実際に輸入する場所なども取りあげ,実態を遺伝子調査の結果から明らかにしようと議論させている.地域や生徒の実態を良く捉えた授業実践である.高校生を鍛えて他校の高校生に分子生物学的方法を伝えるプログラムは評価できる.実践に対する評価も行われていた.
廣瀬会員:学習指導評価が定着していない現状を問題意識として,報告者自身が授業実践においてOPPA(One Page Portfolio Assessment)を使った実践による授業改善の報告である.高等学校において授業方法の研究に取り組んでいる点が評価できる.授業を改善するための研究課題と研究方法が的確で分かりやすく,OPPシートによる事例の提示も良かった.この授業法独特の用語の意味が分かりにくかった部分もあったが,発表は全体として良くまとまっていた.
藤会員:放送部が環境ドキュメンタリーを作成する過程でメダカ,カダヤシの調査,教師達へのインタビューを実施することで,自主的,自発的に学習を進めていくとりくみについての報告である.メダカが大ピンチであることを先入観からではなくカダヤシ,グッピーとの種間関係から調べており,地に足の着いた環境教育となっている.放送部の理科研究,ジャーナリストからの観点という設定がユニークである.放送部の生徒に何ができるか考えさせ,自分たちで研究を進めている点は評価できる.実践の過程と成果が分かりやすいプレゼンテーションであった.
布施会員:生物多様性の意義と地域の自然環境を考えさせるために,生物教材としてニホンミツバチを取り上げ,飼育観察,巣箱の作製・設置による個体群調査,集密行動,周辺植物の結実観察など,一連の作業と観察を学習活動として開発した教育実践である.先行研究をよく調べ,生徒に実際に観察やデータ収集させ考察するなど,綿密な研究計画に基づいた授業を展開している.また,生徒とコミュニケーションをとっており,危機管理の配慮が行われた実践である.研究方法,教育実践ともに高評価であり,授業実践への評価も的確であり,実践の成果が伝わりやすい発表である.
本橋会員:生体エネルギー物質であるアデノシン三リン酸(ATP)が新しい学習指導要領では生物基礎で扱われるようになり,重要性が増したにもかかわらず,具体的な教材が乏しい現状への対応としての,ATPの作用を生徒が実感できる実験,観察による授業実践である.発表者の永年にわたるATPに関するいくつかの実験を教材作製の観点で構成し,ATPに関する実験の単元づくりがしっかり行われている.ザリガニの腹部やハサミの筋肉を使ったグリセリン筋や筋原繊維のZ帯の提示や,アクトミオシン糸のダイナミックな収縮など,随所に工夫が見られた.生徒に探究させる過程がもう少しあると,さらに良い授業になるとの意見もあった.